素直になれない夏の終わり
最早服に添えているだけだった手を放して、夏歩は引き寄せられるようにテーブルに向かう。
夏歩が寄って来たのを見てからその場に腰を下ろした津田は、自分の向かい側に持っていたマグカップを置いた。
そのマグカップの前にストンと腰を下ろした夏歩は、まずは目の前のカップをジッと見つめ、それから顔を上げて津田を見て、本日三度目になる“あ”の形に口を開いて固まる。
「……どうかした?」
しばらく津田は夏歩が何か言うのを待っていてくれたが、やがて口を開いて固まったきり何も言わない夏歩を、不思議そうに、もしくは心配そうに見つめて首を傾げる。
結局夏歩は今回も、そっと口を閉じて視線をマグカップに落とし、何も言わず、何事もなかったかのようにカップを持ち上げた。
ふわりふわりと湯気に乗って立ち上る、甘い香り。夏歩が大好きな香り。
未だ不思議そうに首を傾げている津田は見ないことにして、夏歩はマグカップにそっと息を吹きかける。大事に、大事に、そおっと。
それからゆっくりとマグカップに口を近づける夏歩の姿を、津田は不思議そうな表情を引っ込めて、口元に笑みを浮かべて見つめた。