明治禁断身ごもり婚~駆け落ち懐妊秘夜~
しかし、彼に親切にしていただいたことは家族には隠しておかなければ。
華族にも、真田家のような公家や大名の世襲による旧華族と、黒木家のような維新後に格上げされた新華族とある。
旧華族は新華族を見下しがちで、父もそのひとり。
しかも助けてもらったとはいえ、見知らぬ男性とふたりで人力車に乗り、話をしているなど言語道断。
おそらく父に知られたらいい顔はされない。
とっさにそんなことを考えたのは、またこうした時間を持ちたいからだ。
それからあれこれ互いの紹介をしているうちにあっという間に麻布に着き、黒木さんは家から少し離れた場所で人力車を止めた。
それも、警察官と一緒に帰宅したとなれば大騒ぎになると承知してのことのはずだ。
細かな配慮ができる彼は、機転が利く聡明な人。
とても気になる存在になった。
「もう、平気ですか?」
「はい。今日はありがとうございました」
心配げに私の顔をのぞきこむ彼は、頬を緩めて微笑んでから「それでは」と再び人力車に乗って去っていった。