拝啓ヒトラーさん
「計算はどうやってるの?546×25は?」
「13650」
「うん。正解。今の一瞬で、どうやって答えを出したの?」
「どうって、ふつうに、計算した」
私が下を向きながらもごもご答える。
先生はそうか、と納得したように頷く。机の上の缶詰から飴を一つ取り出し、私の口に入れた。
甘い香りが口に広がる。
色からして飴はりんご味だった。
美味しいなぁと思いながら口の中でコロコロ転がす。
「春さんは、単純な計算能力が恐ろしく高いのだと思います」
先生は視線を前川夫婦に向け、そう切り出した。
右手でリモコンを押し、病室に備え付けてあるモニターの電源を入れる。
「これを見てください」
モニターに流れる映像。
逆光の中、ダイナーにいる二人の男性。
レインマン、1988年、アメリカ制作、監督バリー・レヴィンソン。
あっさりと出てきた情報に、一体いつ私はこの映画を見たのだろうかと思った。
電話をする男性。
爪楊枝の箱を落とす女性。
床にバラバラと広がる爪楊枝。
『それじゃ、いずれまた法廷で。じゃあ勘定。楊枝どうもすみません』
『82、82、82』
ピッと、先生はその場面で映像を止めた。
「これは映画『レインマン』のワンシーンです。自閉症の男性が、床に落ちた爪楊枝を一瞬見ただけで246本だと数えられたシーンです。実際、彼のモデルであるキム・ピークさんもこれができたそうです」
しかし春さんは先ほどのおはじきをしっかりと数えていました。
一瞬の視覚と音の情報で膨大な量を理解する、というわけではないようです。