拝啓ヒトラーさん
「本人に不満がなければ現状維持でもいいとは思います。春さん、昨日の夜は何してた?」
「何時頃?」
「17:00からのことを聞きたいな」
昨日の17:00からやってたこと。
私は先生の首元のシャツのボタンを見つめながら口を開いた。
「広に本を読んであげた。からすのパンやさん。あと、テレビの再放送も見てた。歴史秘話ヒストリアの裁判はじめて物語。それから、隣の部屋で父さんが聞いてたラジオも聞いた。あべれいじ」
それだけ。
言いながら、「先生もう一個飴くれないかなぁ」と思っていた。
先生は頷いていて、前川夫婦は顔を引きつらせていた。
「春、あなた、ヒストリアやっている間はずっと広に読み聞かせてたじゃない」
「うん」
「私たちがやってたことまで言わなくていいのよ」
歴史秘話ヒストリアを見てたのは私です、と母さんは先生に言う。
私も見てたもん、とすこしムッとして返す。
「でも、春は広に本を読んであげてたでしょ」
「テレビも見てたしラジオも聞いてたもん。工藤新平の近代裁判制度の話で、あべれいじは重山ちゃんの話だったもん」
トトロいたもん、とぶすくれるメイちゃんのように私は言い張った。
私にとっては当たり前のことで、おかしなことだという認識さえなかった時代。
前川夫婦は困惑した表情をし、先生は真面目な顔になる。
「ちょっとラジオ持ってきて」との先生の言葉にそばに控えていた人が部屋を出ていく。
ガタガタと先生は机の上のパソコンを動かし、私の正面に向けた。
壁にかかっているモニターのリモコンも同時に操作している。
ラジオも持ちこまれ、先生はチャンネルを合わせている。