月夜に笑った悪魔
「あの、ここまで送ってくれてありがと。もう戻っていいよ?」
いつまでも離されない手。
私は手の力をとっくの前から緩めているが、彼はずっと強く握ったまま。
……離してもらえるのかな。
そんな疑問を持ったあと──。
急に肩に手をまわされ、強く抱き寄せられた。
鼻腔に届く甘い香り。
それから。
「こいつ、俺の女だから。手ぇ出したら殺す。触っても殺す。くだらねぇことしたら地の果てまで追ってでも殺す」
至近距離で聞こえてきた、低い声。
その声は、この場に響いた。
……これは、私に言った言葉じゃない。
まわりに言ったんだ。
今の声を聞いて、感じるのは恐怖。
……きっと、冗談で言ったわけじゃない。
みんながいっせいに口を噤む。
あたりが静まり返った数秒後、彼は私から離れて。
「じゃーな」
次に聞こえてきたのは、少し明るめのトーン。
ひらひらと手を振って、彼は歩いていく。
そのうしろ姿を見送ったあとは、私は教室へと入って自分の席に大人しく座った。
ついこの間まで年上の彼氏がいた女に、すぐちがう男ができるなんて、絶対よく思われない。
だから私が1人でいる時に絶対なにか言われるだろうな……そう思ったが、特になにかを言われることはなかった。
……まわりの視線は感じるけど。
なにも言われなかったのは、暁のおかげだろう。
なにごともなく学校生活を送れそうな予感。