海の底
結局、周りの人も佳枝に騙されていた訳ではなかった。
佳枝が心を病んでいると思い、騙された振りをしていただけだった。
おばさんは彼女たちの名前を長い間呼んでいなかったようだ。

周りにとっても、長く悲しい五年間だったに違いない。
 
「私も、もう少し落ち着いたらここを出ることにする」

佳枝の声はかつてのようにとまではいかないが、明るさを取り戻しつつあった。

「どこに行くのかなんて聞かないでね。」
「うん。またここで会えるから」
そうだね、と彼女は笑った。

「いってらっしゃい」
「いってきます」

発車のベルが鳴る。
僕は、慌てて荷物を抱えて電車に向かって走った。

「ありがとう」

彼女の声が聞こえた気がした。

もう彼女は海の底にはいない。
僕の胸の中に、確かにいる。


終わり
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