青の秘密を忘れない
翌日の夕方、私はゆりえと解散して青井君との待ち合わせ場所に向かった。

日曜日の夕方の電車は少し混雑していた。
私は電車のドア近くに立ち、イヤホンをつけると彼が教えてくれた洋楽が流れる。
タイミングが良すぎて思わず苦笑する。

「最近はこの曲をヘビロテしてますよ。まぁすぐに飽きちゃうんで、いつ聴かなくなるか分からないですけどね」と彼は笑っていた。
実際、彼のiPhoneのプレイリストには大量の音楽が入っていて、じきに彼が選んだ曲の中の一つになることは容易に想像ができた。

私は本当の彼を見ていたのかな。
ふとそんな考えが過って、青井君との些細な思い出に手がかりがないか手繰り寄せる。


「僕、陸上で大学行けるって言われたくらいなんですよ」
青井君は冗談っぽく自信満々に笑った。
確かに背が高くてすらっとしていて陸上向きには見えた。
でも、大学ではやっていなかったはず。
「なぜやめたの?」
そう聞くと、彼がきょとんとした顔をした。
野暮な質問だ。ケガとか言いたくない理由だったらどうしようと急に不安になる。
「飽きたから、かな」
「同じ景色を見ながら走るのって飽きるんですよ」
別にやましいことなんて何もない。
ただそれだけだというように、彼はこっちを見つめて無邪気に笑った。


「僕、八十歳になって人生振り返った時に一番びっくりしたことはこれかも知れません」
ふと彼がそう言ったのを思い出す。
「じいさんや。人生の中で一番びっくりしたことは何じゃ?って聞かれたらこのことを思い出すんだろうなぁ」
とおばあさんの演技をしながら言うから、私は堪らず吹き出した。
あの時は考えないようにしていたけど。
……そこにいる「ばあさん」は私じゃないの?
今いるはずもない人にまで嫉妬してしまう自分がいた。


彼も、私と一緒で、特別な人じゃないんだと改めて気付く。
白馬の王子様でもヒーローでも何でもない、普通の二十四歳。

私は二十四歳の時、まだ若いと自負しながら、子供ではないと思っていた。
今考えたら、まだまだ幼かったと分かる。
あの頃、私はそんな恋をしていた。
正臣と付き合う前のことを思い出していた。
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