エリート御曹司と愛され束縛同居
桃子さんの涙に濡れる、思いつめたような表情が目に焼きついて離れない。


その瞬間、記憶を取り戻した。

送別会の帰り道、マンションの前で見かけた白いワンピースを着た女性……あれは桃子さんだ。

きっと見上げていた部屋は遥さんの部屋だろう。

どうしてあの日のあの時間、桃子さんがいたのかはわからない。

なにか事情があったのか、思いつめていたのか。その時、頭に圭太の言葉が浮かんだ。


『熱狂的なファンというか自宅を知りたがっている人間が多くてさ』


まさか桃子さんが? 


でもそれなら遥さんや圭太が気づいてそうな気がする。考えれば考えるほどよくわからない。

でももし、桃子さんが思いつめて自宅まで押しかけているとしたらそれはそれで問題だ。

そもそも取引先の副社長の自宅なんてたやすく知れるものではないはず。


「澪?」


返事をしない私を訝し気に見つめる。

綺麗な目には心配と気遣いが浮かんでいる。

キツイ言い方をしていてもこの人の本質はとても優しいと今では嫌というほど理解している。

きっと私の葛藤を承知で、敢えて悪役を引き受けようとしてくれているのだろう。

そんな自分が情けなくも不甲斐ない。そう思うと桃子さんの件を話す気にはなれなかった。

「下手に期待を持たせるわけにはいかない。彼女は俺を美化しすぎているし、そんな関係がうまくいくはずがない。今の俺はありのままの姿を見せても態度もなにも変わらずに受け入れてくれる人に出会ってしまったから、もう引き返せない」

揺るがない決意をこめた目に射抜かれて、頬が熱くなり、熱を誤魔化すように俯く。

「……そんな言い方は反則です」

「そうか? 本心だ……澪、会社に戻ったら話がある」

照れもせず言われて、俯いたまま小さく頷いた。
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