エリート御曹司と愛され束縛同居
「……役じゃないって言ったら?」


「え?」


低い声で囁くように言われた台詞を思わず聞き返す。

私の彷徨う視線と彼の視線が交わる。

形の良い薄い唇が妖艶に歪む。


「本気だって言ったら?」


甘い声が耳元近くで聞こえる。

ほつれた髪を長い指でそっと耳にかけられ、身体が痺れたように動けなくなる。

なにが、とは問えなかった。


美麗な面差しがゆっくり近づいて、そっと私の唇に彼の唇が合わさった。

頬に微かに触れる漆黒の髪と柔らかく甘美な唇の感触が身体中に伝わる。

突然の出来事に瞬きすら忘れてしまって、呼吸が苦しくなる。伏せられた長いまつ毛をぼんやりと眺めるしかできない。

ほんの少しだけ唇を離した遥さんに色香のこもった眼差しで見つめられ、その視線に抗えず吸い込まれそうになる。


「まさか……どうして……」


理由も意味も尋ねたい、でも混乱してしまってうまく話せず、声が喉に張り付いてしまったように出てこない。


「わからないか?」


そう言ってもう一度私にキスをした。

今度はなにかを伝えるよう性急で焦燥感の込められた長いキスだった。

胸の奥が締めつけられて、考えなければいけないのに思考がまとまらない。最後に上唇を啄むようにキスをされて唇が離れた。


「お前への気持ちに嘘はないし、幼馴染みにも譲るつもりはない。俺を男として意識しろ。恋人役だなんて二度と言うな」


甘い低音で物騒な宣言をして、立ち上がる。


「返事は?」


すぐに答えられるわけがないのに、答えを求めるこの人は本当に意地悪だ。

混乱して黙っていると、仕方がないというかのように軽く首を振って溜め息を吐く。


「返事は宿題にしておく。それと俺以外の男の前で酒を飲むのは禁止だ。飲んでしまった時は連絡しろ」


突然強引な命令を下すこの人の考えがわからない。
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