クールな次期社長の溺愛は、新妻限定です
「明日、彼と会う約束をしているんです」

 思わぬ爆弾に私は目を見開く。

「明日?」

「ええ。お昼をご一緒しようとお誘いしたんです。突然の申し出ですが、快く引き受けてくださって。そろそろ結婚についても考えないといけませんし」

 明日はずっと前から私と会う約束していて、でも急に無理だって言われた。

『ごめん、汐里。今度の日曜日、都合が悪くなった』

『ちょっと家の用事で……』

 この人と会うために?

 ぐらぐらと足元から崩れ落ちそうになる。さっきまで彼に愛されていると、自分たちの付き合いは確かなものだと思っていたものが揺れ動く。

「明日はゼルクで会う予定なんです。そうそう、谷川さんは水族館がとてもお好きだと聞きました。これからも私たちのいい顧客でいてくださいね」

 笑顔で言い捨て、彼女はさっさと踵を返した。甘い香水の匂いが玄関に残り、鼻を突いて気持ち悪い。頭まで痛くなってくる。

 訳がわからない。彼女の話はどこまで本当なの?

 信じたくない気持ちと、彼女の話で符合(ふごう)していく点がたくさんある。最初に出会ったとき、嫌いと言いつつ亮は水族館に詳しかった。わざわざ卒論のテーマに選ぶほどに。

 彼の住むマンションだって、学生にしては相当いいものだし。

 とりあえず亮に直接話を聞こうとスマホを手に取る。話さないと。会うのが難しくても、彼の声が聞きたい。

 ところが、何コール目かで電話は留守番電話サービスに切り替わる。機械的な声を耳に私は電話を切った。

『彼は貴女を本当に愛しているんですか?』

 桑名さんの問いかけが、痛みと共にいつまでも頭の中で反芻(はんすう)していた。
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