幼馴染でストーカーな彼と結婚したら。
「健一郎くんさえよければ……だけど。うちの財団から奨学金を受けてみないかな?」
高校3年生になったある日、そう言ったのは、僕の学校を訪れた三波さんの父親、佐伯幸三だった。
進路指導室に先生に呼ばれ、そこに先生と並んで座っていたのが佐伯さんだ。
「えっと……?」
この人は何を言い出したのだろう。
近所の医院の院長先生というだけの男性。しかもあの三波さんの父親。それくらいの認識だった。
「三波がいつも迷惑をかけているからっていうのとはちがうんだ。聞いたよ、君の成績。ご両親のこともあったのに、勉強頑張ってて、先生は医学部に進学できるだけの成績だといっている」
隣に座っている先生が頷く。そういえば、つい先日、進路について話があった時に、大学進学はしない、と話をしたばかりだ。
先生は残念がったが、別に自分はそれでいいと、もう結論が出ていた。目下就職先を探していたところだ。
佐伯さんは続ける。「大学に、もし医学部に行く気があるなら、奨学金として学費を出すよ。返還義務はないし、うちの病院の医者になれなんてことは言わない。ただ、できれば、どこでもいいから医者にはなってはほしいかな」
僕は思わず眉を寄せた。
ただ医者になってほしいだけの奨学金。それもただの病院経営者が、だ。
(何のためにそんなことするんだろうか……?)
「何でそんなこと?」
「税金対策、かな」
「え……それ対策になるんですか」
「うそだよ、うそ」
けらけらと笑うその姿は、なんだか三波さんに似ていた。
そうか、やっぱり親子だな、それがやけにおかしくて、ふっと口元が緩む。
担任の先生は、
「実は何年か前にも一人、佐伯さんが奨学金を出してね。その子は、医者になって、今は大学病院にいるんだよ」と付け加えた。
「でも、それって、佐伯さんになんのメリットがあるんですか?」
挑発するようにそう言うと、少し驚いた顔で僕を見た後、佐伯さんは笑う。
なんだかその余裕の笑顔を見ていると、自分が、ひとりで警戒してきゃんきゃん吠えている子犬のように思えて、情けなくなってきた。
そんなこともお見通しのように佐伯さんは優しく笑う。
まるで父親らしくなかった本当の父親に比べて、こちらが本当の父親のようだと思った。
「ただの自己満足なんだよ。道楽みたいなもんだ。でも、そういう未来の医者を生む可能性のあるお金なら、出すのは全然惜しくない。むしろ楽しみだしね」
佐伯さんは続けた。「君は医者に向いていると思うから」
その言葉に驚く。
医者なんて、自分には一番向いていない職業に思えていたからだ。