クールな婚約者との恋愛攻防戦
「……いいよ」

樹君はゆっくりとそう答えた。


断られるのも悲しかったとは思うけれど、まさかこんなに簡単にいいよと言われるとも……思っていなかった。


途端に、二人の間に沈黙が訪れる。

気まずい。何を話せばいいの。

自分から言い出したくせに、どうすればいいのか全く分からない。

ドクンドクンと、自分の心臓の音がやけにクリアに耳へと響く。


……その心臓の鼓動は、これから初めてキスをすることに対しての期待やときめきではない。

今の関係性に満足がいかなくて、キスをしようと提案した。そのくせに、キスをしたらせっかく近付いてきた関係性が変化しそうで……それが怖い。


でも、もう後には戻れない。


無言で緊張しているうちに、ゴンドラが頂上へと到着した。

樹君の右手が正面から伸びてきて、私の頬に触れる。


ぴく、と肩が反応してしまったことが、とても恥ずかしい。



「目、閉じて」

そう言われ、ぎゅ……と固く瞳を閉じた。


怖い。


目の前にいるのは樹君なのに。キスをしようと言い出したのは私の方なのに。
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