クールな婚約者との恋愛攻防戦
程なくして、柔らかな感覚が私に触れる。



……ただし、唇にではなく、頬にだった。



驚いたので、パッと瞳を開けて樹君の顔を見ると、彼は照れたような顔を窓の外に向けた。


……どういうこと?


そう疑問には思うけれど、唇にキスをしてくれなかったという落胆はなく、寧ろ……正直ほっと安心している。



「……口にキスするんだと思った」

「そんな顔されたら、口には出来ねえよ」

目を逸らしたまま、樹君はそう答える。


「そんな顔?」

「嫌そうな顔」

「そんなこと……っ」


確かに、キスされるのが怖い、とは思っていた。
だけど、嫌という訳ではなかった。

それでも、自分からキスをしようと誘っておいて、彼にそんな風に思わせてしまったことは、本当に申し訳なく思う。



「嫌だった訳じゃないの」

何とか自分の気持ちを伝えようとするけれど、そもそも私自身、自分の気持ちを分かっていないから、上手く言葉が出てこない。


でも早く何か言わないと、ますます誤解させてしまうーーと焦っていると。



「ちゃんと、分かってる」

「え?」

私はじ、っと樹君の目を見つめた。



「……俺がお前のこと、妹みたいとか言ったせいで、キスがどうのとか言ったんだろ。悪かった、女性にそんなこと言わせて」

「……っ」


私のことは、恥ずかしいくらいに全部お見通しだったみたい。

言葉に詰まり、目を逸らして俯いてしまう。


……私の気持ちを分かった上で、私の気持ちを大事にしてくれた。



「……あれ? でも、じゃあ何でわざわざほっぺにキスしたの?」
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