ここはディストピア あなたは亡国の騎士 わたしは愛玩物
「まいら。」

いつまでも戸惑ってると、イザヤは私の名前を呼んで催促した。


慌てて私は両手を突き出した。

まるで、ゾンビのように。


***


桟橋からオースタ島を見上げると、強烈な既視感(デジャヴ)を覚えた。


雷雨の竹生島とは全然違うのに。

抜けるような青空と緑の木々に白い神殿が映えてる。



 
「あれがヴィシュナの木だ。」

イザヤがそう言って、島の中腹を指差した。


白い花が咲いていた。

ただ、若草色の若葉も混じって見えた。

ソメイヨシノのように花で空間が埋め尽くされているわけでなく、オオシマザクラや梨の花のようだ。



「綺麗。散華(さんげ)みたい。オースタ島の神様が歓迎してくれてるね。」


……そう言ってから、竹生島でお父さんが同じようなことを言ってたのを思い出した。



「そなた、本当にかわいいことを言うな。」

イザヤがそう言って目を細めた。


「カワイイ。イザヤ。カワイイ。」

釣られたらしく、鳥の伊邪耶もそう言った。



「ああ。かわいいよ。……こやつも、な。」

イザヤはそう言って、胸に入れた伊邪耶を指で撫でた。



……あまり、「かわいい」を連発しないでほしい。


どう返事すればいいのか、どんな顔をしてればいいのか、私は途方に暮れた。


家族、特にお父さんには、さんざん甘やかされてかわいがられてる自覚はある。

でもこんな風に、いかにもカッコイイ成年男子には「かわいい」なんて言われ慣れてない。


クラクラする。


気を張ってないと、足取りがおぼつかなくなりそう。




「まいら。大丈夫か?ここからは階段だ。つかまれ。」

様子のおかしい私に、イザヤは手を差し伸べて、そう言ってくれた。


「うん。……ありがとう。」

蚊の鳴くような小声でそうお礼を言って、おずおずとイザヤの手を掴んだ。


イザヤは、力強く階段を上った。


神殿と同じ白い石の階段はどこまでも続いていた。



「疲れたか?」

私のスピードが落ちると、何度となく足を止めてイザヤは振り返った。


「大丈夫。ごめん。下を見ると、ちょっと怖くて足がすくむみたい。」


階段の一段一段はかなり高い急角度だ。


「足元だけ見てろ。なに、心配するな。私が手を引いてる限り、そなたは落ちない。」


そう言って、イザヤはグイッと強く私を引っ張り上げた。
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