策士な課長と秘めてる彼女
その晩は、そのまま日葵の祖父母の家に泊まることになった。

張り切った祖父母はかつての看板メニューの料理を作り、陽生と日葵にふるまった。

どれも美味しく、懐かしい味がして、何より祖母が昔のように生き生きと笑っていたのが印象的だった。

さすがに疲れたのか20時には自室に引っ込んで行ったが、かつての祖母に少しでも戻っていたのは間違いなかった。

日葵の両親はそのことを何よりも喜び、陽生に感謝を示した。

日葵がお風呂から上がってくると、父が日葵を招き寄せる。

「日葵、結婚式は半年後に決めたぞ。おばあちゃんの認知症が悪化する前にお前の花嫁姿を見せたい。おじいちゃんもお母さんもそれを望んでいる」

まさか、結婚の話がまだ続いているとは日葵は思ってもいなかったから驚いていた。

「は、半年後?」

大好きな祖母のことを言われると嫌とは言えない。

確かに祖母の症状は少しずつ進行していると聞いた。

お医者様は、何か張り合いがあれば進行を遅らせることが出来るかもしれないと言ったそうだ。

「こちらの都合で申し訳ないが、陽生君がご両親に電話をかけて確認をしてくれたらあちらも同意してくださったよ。感謝しなさい」

いつの間にか日葵があちらに頭を下げて頼む形になっている。

日葵はあまりの動揺に頭に乗せていたバスタオルを落としてしまった。

「こら、日葵、ちゃんと乾かさないと風邪引くぞ?」

「まあ、まあ、日葵ったらすっかり陽生さんに甘えて」

ハハハ、フフフ、と笑い合う両親と陽生。

日葵はチラッと部屋の隅の柊を見た。

柊はピクリと耳をそばだて、顔をあげようともしないでこちらをじっと見ているだけ。

日葵のこの複雑な気持ちを共感できる者は誰もいないのだと現実を思い知らされてため息をついた。
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