大人の女に手を出さないで下さい
梨香子が去って行った後もその場に佇んでいた英隆は足音に気付いて振り向いた。
誰かがいることは気付いていたが怒気を含んだ鋭い視線に思わず肩を竦める。

「やっぱり君か、覗き見とはいい趣味してるな」

「もう愛は無いなんて言っておきながら、未練たらたらじゃないかあんたは」

「そう見えたか?」

とぼけた顔をする英隆にグッと眉根を寄せて睨む蒼士。

「そう見えたのなら、うかうかしてられないぞ?梨香子は未だに君との交際に迷ってる。横からかっさらうなんて簡単だ。私たちはかつては愛し合った仲だからな」

ぎりっと歯を食いしばる蒼士を一瞥してふんと鼻で笑った英隆は踵を返した。

「時には強引に持って行かないと梨香子はいつまでも悩みそして間違った選択をする。俺は別れるときにそれを思い知ったよ」

「梨香子さんは間違ってなんかいない!あんたと別れて正解だったんだ!」

「それは梨香子にとってだ。私にとっては間違った選択だ」

一度立ち止まり首だけ振り向き言い捨てると英隆は去って行った。
苦い気持ちでその後ろ姿を見送り蒼士はマンションを見上げた。

梨香子と話をしたくて英梨紗を送るついでにマンションまで来たが梨香子は不在だった。
帰り際にタクシーとすれ違い梨香子が乗ってると気づいて引き返してきたのだが…。
一緒に降りてきた英隆に驚き隠れて様子を窺う羽目になり、抱き合いキスしたところまでしっかり見てしまった。
今、梨香子と会ってもきっと感情の方が先に出て冷静に話し合えない。
唇をかみしめた蒼士は頭を横に振ると帰るために踵を返した。

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