大人の女に手を出さないで下さい
「久しぶり梨香子さん…。寒かっただろう、さあ乗って」

物言いたげな表情をした蒼士は気を取り直すように助手席のドアを開け梨香子を促した。
蒼士も運転席に戻り車を発進させる。
どこに行くのか何も言わず蒼士は無言で車を走らせ、前を見据える横顔を梨香子は時々ちらりと見ていた。
蒼士の思いつめたような顔にこれはきっと別れを告げるために来たのだろうと悟った。
全て受け入れるとは誓ったけどこうも直ぐに撃沈されるとは。
みんなに頑張れなんて励まされたのはもしかして振られても頑張れという意味だったのかと思い至る。
なんて不甲斐ない、と無意識にため息を零す。
蒼士をいつまでも待たせた自分が悪いのだと言い聞かせているとふと呼ばれているのに気が付いた。

「…さん。梨香子さん」

「あ、何?」

「着いたよ、降りて」

気が付けば車はどこかの駐車場に着いていて蒼士は先に降りてしまった。
慌てて降りて周りを見渡す。

「ここは…」

30分ほどのドライブで着いたここは観光地にもなってる湖のほとり。
目の前には白いコテージ風の建物が建っていた。

「オーベルジュ ヴィヴィアン(Viviane)」

おしゃれな漆喰の看板を見て梨香子が呟く。

「ここは俺の友人がシェフ兼オーナーをしてるんだ。さあ、入ろう」

促されて入った店内も素敵で白を基調としたナチュラルな家具に花があちこち飾られていて天井には小ぶりなシャンデリアが上品にいくつかぶら下がっている。
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