大人の女に手を出さないで下さい
「副社長をしています、三雲蒼士です。こちらこそよろしくお願いいたします」

「以前は証券会社に勤めていて転身されてまだ日が浅いとか。仕事にはなれましたか?」

「いえ、もう3ヶ月以上経つんですけどまだまだ慣れませんね。以前の仕事と似てる所もありますが覚えることも多くて…」

「一から勉強し直し、というところですか?」

「そんなところです」

一見冷たそうな速水は意外と物腰柔らかく話しやすい。さすがは弁護士と言ったところか。
蒼士がそう思っていると敏明が余計なことを言う。

「蒼士はここに来ることに初めは嫌々でね。心配してたんだが最近はやる気も出てきて勉強もしてるようだしやっと私の跡目を注ぐ気になったかとホッとしてるところなんだ」

「…社長、その話をするのは…」

蒼士は父を咎めムッと不機嫌になる。
確かに最初は前の仕事が楽しかったばかりに渋々転職したが、今は頭を切り替え不動産に必要な宅建の資格の勉強もしている。
それとインテリアコーディネーターの資格も。
蒼士のやる気の源はもちろん梨香子の存在だ。

「ああ、悪いな蒼士。だが私は嬉しいんだよ、やっと跡を継ぐ気になってくれて。どういう心境の変化か聞きたいところだがね」

きっと父はその理由に気付いてるだろうに、意味深な目線を向けて来る。
蒼士は負けたくないと変なライバル心を燃やして目を細め睨み返した。
そんな二人を見ていた速水はふっと笑い声を漏らす。

「私も聞いてみたいですね。副社長の心境の変化を」

「いえ、大したことはないので面白くもないですよ」

そんなことに興味を持たれても話すことは何もない。
速水は社交辞令で言っただけなのだろう、そうですかとあっさり引き下がった。
親睦も兼ねて会食でも?と社長の誘いにまだ仕事が残っているのでまたの機会に、と、速水はサラリと交わし帰って行った。
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