このお見合い、謹んでお断り申し上げます~旦那様はエリート御曹司~
どうやら、ハルナホールディングスにとって大切なビジネスパートナーらしい。仕事モードに切り替わった彼の横顔に密かに見惚れていると、榛名さんは、ふわっ、と優しく私の髪に触れ、穏やかに囁いた。
「百合。悪いが、少し側を離れる。自由に船内を歩いていいから、クルージングを楽しんでいてくれ。」
颯爽と去っていく背中。日笠さんと並んで歩いていく榛名さんは、私の側にいる彼とはまるで別人のようだ。
初めて一人になると、一層自分の“場違い感”をひしひしと感じた。周りにはグラスを手に談笑をしている様子の美男美女ばかり。ここにいる人は、みんな桁違いのお金持ちなんだろう。
もちろん、私は榛名さん以外の知り合いなんていない。
(…どうしよう。話に入るわけにもいかないし、隅っこの方で海でも眺めてようかな…)
ーーと。
こそこそ人波を縫って歩き出そうとした、その時だった。
「おい。」
不意に、ぐん!と腕を掴まれた。
驚いて後ろを振り返ると、そこにいたのは“二度と会いたくなかった人物”。
「お前、“百合”だろ?社長令嬢でもないお前が、どうしてこんなトコにいる。」
「…!」
それは、私と紘太の血の繋がった叔父“逢坂真人(まなと)”であった。
幼い頃、ずっと父に金の無心をしに来ていた男。今では不動産業の会社のトップとなったらしいが、身寄りがなくなった私と紘太を逢坂家から追い出した張本人だ。
ここは、名のある財閥が集まる社交場でもある。逢坂家の人間が来ていてもおかしくはない。
ーー完全に盲点だった。
真人は狐のような悪人ヅラで、こちらへ歩み寄ってくる。
「ふぅん、それなりに見栄えが良いじゃねえか。そこらのお坊ちゃんでも捕まえて、玉の輿に乗るつもりか?」
「…近づかないでください。」
「はは、つれないな。随分と嫌われたもんだ。」