きつねさんといっしょ!
「さて、どうしたものかな」
 大家さんが腕組みする。
「他の部屋はもう空いてないし」
「出てってもらえ」
「それは嫌です」
 私はきっぱりと言った。
 ここがダメとなると他を探さなくてはならなくなる。仕事もあるし、元同僚をあてにするわけにも行かなかった。
 だいいち、お金がない。
 ここで暮らす以外に選択肢はないのだ。
「きーさんに出てってもらうわけにはいかないんですか」
「はぁ? あんた何言ってるんだ」
 きつねが眉間にしわを寄せる。
 まあ、当然か。
 私が逆の立場でもそうする。
「そもそも人間なんかにこの部屋を紹介するなんてどういうことだよ」
「僕に聞かれても」
「夏彦の会社なんだろ。社長なんだからしっかりしろ」
「えっ?」
 思わず声が出た。
「大家さんって社長なんですか」
「うん」
 にっこりと。
「とは言っても親から引き継いだだけだし、大したことないよ」
 いやいやいやいや。
 十分大したことあります。
「夏彦はこう見えて超がつくほど金持ちなんだぞ」
「いや、本当に大したことないから」
 だから、大したことありますから。
「……で、この部屋のことだけど」
 腕組みを解き、大家さんが両手をガラステーブルにつけた。
 私に向かって頭を下げる。
「ふたりでくらしてくれないかな」
「夏彦、そこは丁寧語で言え。あと両手は床な」
 きつねがつっこむ。
 まあ、大家さんらしいといえばらしい。
 私はきつねを見つめた。
 とっても不機嫌そうな顔をしてこちらをにらんでいる。大家さんのおねがいを承諾したら、この恐い生き物と生活しないといけないのか。
 余裕があれば断れたはずだ。
 余裕があれば……。
「一つだけ教えてやる」
 私が答えずにいるときつねが言った。
「俺は妖怪だけど害を与える類じゃねぇぞ」
 突然、私のスマホがメールの着信を知らせる。いつもラインでやりとりしてるので不意をつかれて驚いた。
 きつねがにやりとする。
「さっそくか……」
「飯塚さん、確認してみてくれる?」
 頭を上げた大家さんに促され、私はメールをチェックする。
 千葉のおばあちゃんからだ。
 そこには新しい生活に必要だろうと後でお金を送ると書いてあった。メアドはおばあちゃんのもので間違いない。
 私はまだ教えてなかったここの住所を記して感謝の言葉とともに返信する。
 予想外の臨時収入だ。
 もっとも、まだ現金を手にしたわけではないが……。
 私はきつねを見た。
 ドヤ顔。
「さっきのポテトチップスのお返しだ」
「きーさんは良くしてあげればそれ以上の幸運をもたらしてくれるんだよ」
「はい?」
 私は目をぱちぱちさせる。
 ……きつねだよね?
 福の神じゃないよね?
 そもそも、あれはきつねが勝手に食べていたはず。
「どう? きーさんと住みたくなった?」
 大家さんが笑顔でたずねる。
「……」
 正直、ちょっとだけ心が動いた。
 目の前のきつねがもっと可愛ければ……いや、それはどうでもいいか。
 見た目も大切かもしれないが相性はもっと大切。
「嫌なら出てってくれても全然構わないぞ」
 この憎まれ口はどうなの?
 私はきつねから大家さんへと視線を戻す。
 にこにこしているが本心はわからない。
 てか、大家さんは何の妖怪なんだろう?
 雷を操っていたし、人間じゃないよね。
 私は思いきって質問した。
「大家さんは何の妖怪ですか?」
「あ、僕は竜の末裔」
「竜?」
 予想の斜め上だった。
 竜って妖怪?
 あれ?
 神様?
 こんなことなら、もう少しその手のラノベでも読んでおけばよかった。
「もう何世代も前から人間っぽくなっちまってるけどな」
「そうだね。かろうじてみんなに畏怖されてる感じ?」
「竜の血族は特別だからな」
 ……えーと。
 つまり、大家さんは偉い人ってことでいいのかな。
 何となく深掘りしても理解できなさそうなので、私はこれ以上の追求をやめた。
 うかつなことを言って大家さんの気を悪くさせてもいけないし。
「きーさんは僕が大人しくさせるから心配ないよ」
「ちっ」
 舌打ち!
 今、舌打ちしたよね。このきつね。
 大家さんがスマイル全開で私を見つめる。
 間違いなくきつねの舌打ちを耳にしているはずなのに無視している。
「……僕の頼み、聞いてくれるよね?」
 大家さんの目が妖しく赤く光った。
 あ、断ったらヤバそう。
 私は身の危険を感じ、うなずくしかなかった。
「わかりました」
「おい、考え直すなら今のうちだぞ」
「そっちこそ、出て行ってくれてもいいんですよ」
「元々は俺の部屋だってこと忘れんな」
「私が家賃を払うんですから、これからは私の部屋です」
「……夏彦」
 家賃の一言にきつねが引っかかったようだ。
「この部屋、いくらにした?」
「一万円だけど」
「はあ?」
「事故物件扱いにしているし、これだけ安いと普通は怪しんで誰も借りたがらないんだ」
 あのー。
 目の前に借りた人がいるんですけど。
 きつねが私を指さした。
「借りた奴がいるじゃねぇか」
「そうだね。僕もビックリだ」
「社長からしてこれか!」
 きつねがため息をつく。
「……しょうがねぇなぁ、全く」
「じゃあ決まり、てことで」
 大家さんが満足げに言い、パンと手の平を合わせるように叩く。
 私をにらみつけるきつねの目がさらに鋭くなった。
「ちっ!」
 また舌打ち!
 ……やっていけるかな、私。
「よ、よろしくお願いします」
 私は顔が引きつるのを自覚しながら、きつねに頭を下げた。
 
 
 
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