バッドジンクス×シュガーラバー
「こちらこそ……すみません久浦部長、ぶつかってしまって」

「いや、俺は別に何ともない。おまえの方こそ、思いきり鼻打っただろ」



言いながら、少し赤くなって見える小さなその鼻に無意識で手を伸ばす。

すると小糸は過剰なほど肩を震わせ、そのままギシリと硬直してしまった。

それを見た俺も、伸ばしかけた手を止める。



「だっ、だい、大丈夫ですので、久浦部長はお気になさらず……!」



勢いよく頭を下げて言った小糸が、こちらから顔を背けたまま俺の脇をすり抜けてオフィスを出て行った。

最後までオドオドした様子で逃げるように去った彼女の後ろ姿を一瞥し、再び前に向き直って思わずため息を吐く。

……くそ、至近距離だったのに、ちゃんと顔見えなかったな……。

ついでに舌打ちも漏れそうになったが、それはなんとか堪えた。

代わりに首の後ろを軽く掻きつつ、ようやく室内へと足を進める。

……本当に、らしくない。

先ほどチラリと一瞬だけ見えた、部下の赤面した混乱顔。

まさかこんなオフィスの真ん中で、それを思い出しながら『めちゃくちゃそそるな』なんて邪なことを考えているとは──素知らぬ真顔を貼り付けた今の俺を見たところで、周囲の奴らは想像すらできないだろうが。

小糸憂依。この春から俺の直属の部下になった、元広報室所属でそこはかとなく地味な印象をまとう、入社4年目の女性社員。

……今、俺は。

どうしようもなく、彼女が欲しい。
< 72 / 241 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop