求愛一夜~次期社長とふたり暮らししています~
テレビに釘づけな母に同意を求められ、「そうそう」と軽く笑った。

丈夫なのが取り柄か。落ちかけた時は、ちょっと怖かったんだけどな……。

心の声に反応するよう、針を立てられたように胸がチクリと痛んだ。

あの時、私が無事で済んだのは上原課長が守ってくれたからだ。

もし、彼がいなかったら?
どうなっていただろう……。

あれから時折考えてしまい、階段を見ては動悸が激しくなることもあった。

いまは大丈夫になったが、あの場所を通る時は無意識に足が速まる。

そんな胸中は誰にも話してないし、母が知りようもない。でも……。


ヒロ君の話で盛り上がる母と奈々さんがどこか遠くに感じる。私を取り残して楽しげなふたりの声に上書きするよう、夏輝の言葉が耳の奥で響いた。


『くよくよすんなよ、美月らしくないなぁ』


くよくよしない。私らしく……。そうだよ。けど私って、なんなんだろ……。

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