政略結婚は純愛のように~狼社長は新妻を一途に愛しすぎている~
 厳かな雅楽が響く中、隆之は白無垢の由梨を盗み見る。
 その表情からはなにも窺えない。
 少々強引に承諾を得たあのレセプションの夜からすぐに隆之は婚約を発表した。
 そして全てのことを最速で準備させて二ヶ月後に式を挙げるという離れ業をやってみせた。
 今井幸仁と約束したとおり、あの和也という男を出し抜くためだと自分自身に言い訳をしながら、その実由梨の気持ちが変わらないうちにという焦りがあることには気がついている。
 肝心の由梨とは通常業務と式の準備のダブルの慌ただしさの中、ろくに話をできていない。
 今、彼女はなにを思って自分の隣にいるのだろう。
 あの幸仁の口ぶりから察するに、財閥の令嬢としての幼少期は順風満帆というわけではなかったようだ。
 彼女がこの街で働くことに執着したわけが少し理解できた。
 東京で居場所がない分、仲間がいるここが大切だということだろう。
 希望通りここへ残ることはできた。
 けれど、それと引き換えるようにしてまた未知の世界へ一歩踏み出させられようとしている。
 何が正しくてどう進むべきか、混乱していないはずがない。
 この結婚に彼女はどのような価値を見出して承諾をしたのだろう。
 それはここに残ることを望んでいる彼女の精一杯の処世術なのかもしれない。
 …今はまだそれでもいい。
 彼女がいつかこの選択を正しかったのだと思えるようにすることが自分の役目だ。
 隆之はそう心に誓った。
 住職が二人に起立を促す。
 普段は着慣れない重い衣装を身につけて少しよろけた由梨の手を隆之は支えるようにとる。
 驚くほど華奢で白い手を隆之はぎゅっと握りしめた。
 この日、二人は夫婦となった。
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