政略結婚は純愛のように~狼社長は新妻を一途に愛しすぎている~
告別式
 今井幸男の通夜、告別式は滞りなく行われた。
 由梨は空虚な思いを抱えてその時間を過ごした。
 人が一人いなくなるとはなんと虚しいことか。
 それが、自分にとって大きな存在であったなら尚更。
 祖父は由梨の中の大部分を形作る源になっていたのだ。
 由梨は今それを思い知らされている。
 数日前に自由になったと感じたあの気持ちはどこかへ消えてしまったかのようだった。
 考えてみれば隆之との結婚で自由を得たと思った時ですら由梨はまだ祖父に囚われていた。
 東京には祖父がいてその祖父から逃れること自体を目的として、もがき苦しんだ日々だったように思う。
 良くも悪くも由梨の行動原理を支配していた祖父。
 その祖父がいなくなった。
 火葬場で祖父のお骨を前に、由梨は立ち尽くす。
 なんだか自分が電池を抜き取られたロボットのように思えた。
 
「由梨。」

 涙も出ない由梨を、暖かい声が呼ぶ。
 けれど首を回して振り向くことすらできない。
 だって電池が入ってないのだから。

「由梨。」

 もう一度呼ばれて同時に右手が暖かい大きな手で包まれる。
 
(隆之さん…。)

 触れたそこから、少しずつ少しずつ、じわりじわりと血が通いだす。
 やがてその温もりが心臓に達して、由梨は自分がロボットではなく人間になったことを感じた。

(そうだ、自分の頭で考えて。生きてゆこう…隆之さんとともに。)

 振り向くとアーモンド色の瞳が由梨を見つめている。
 今、この瞬間から今井由梨の人生が始まる、そう感じた。
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