リリカルな恋人たち
店長がかなりファンだから、新刊が発売されるたびにうちの店で特集組んでるし、よく話に付き合わされるんだよね。

そんな人とあんなはしたないことになっちゃったなんて、なんか信じられない。なんか、そうだな。悪い夢みたい。

と、なかば放心状態で思っていたら、突然周囲がざわざわ騒がしくなった。
雑誌から目を離して顔を上げると、周りのお客さんが皆一様に一方向に注目し、色めき立っている。

え、なにごと……?
たまにモール内を闊歩しているゆるキャラの着ぐるみでも登場したか?

と予想を立ててガラス張りの向こうの通路の方を見てみたわたしは、再度目玉を落っことすことになる。


「ちょっと誰? あれ! モデルさんかなぁ⁉︎」
「カッコいい〜! きゃー、こっちに手を振ってる!」


隣のテーブルの女子たちがきゃぴきゃぴと華やかに盛り上がる。

わたしは彼から目をそらすと自分の目がきちんと顔についているのを実際に手で触れて確認する、という茶番を演じて、抹茶ラテのカップを掴んだ。

落ち着け。
これは悪い夢だ……。

こちらに人影が近づいてくる。
店内のお客さんたちの視線と、ひそひそ声を全身に浴びて。

カップを持つ両手がまるで地鳴りのように揺れた。


「もう、無視しないでよ、冷たいなぁ」


不満そうに唇を尖らせ、相手は勝手にさっき知世が座ってた椅子を引いて腰を下ろした。


「今日仕事何時に終わるの? ここの抹茶ラテって美味しい?」


え。

ふつうに会話始めちゃったんですけどふつうにメニュー見てんすけど……。

すげーな、どんな神経?

こないだのホテルでのことや、周りからチラ見されてる居心地の悪さでわたしは肩を小さくしながら、なんとか平静を装ってカップをテーブルに置く。
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