リリカルな恋人たち
「まあまあまあ、そんな冷たいこと言わないでよ、友」


不穏な空気を察してか、高めな声で言った知世はテーブルから身を乗り出した。


「それより、小説家なんですよね、加瀬さん。謙介から聞きました」
「あ、うん。そうです」
「わたし、そうとは知らずに文庫本買ってたんです! 今日は持ってきたら図々しかなと思って置いてきたんですけど、よかったら今度サインしてもらえますか⁉︎」
「はい、ぜひ」


わたしは南瓜グラタンを人数分の小皿に取り分ける。
知世はれっきとした矢郷シュウファンで、うちの書店で特集を組んで展開していた文庫本も何冊も買っていた。


「俺も、友に聞くまでちっとも知らなかったよ。普通にドラマになったやつ見てたのに」
「へへ、サプラーーーイズ。なんちゃって」


棒読みで言って、加瀬くんはふざけた調子でへらへら笑った。

マカロニとホワイトソースの組み合わせか好きという、子ども舌な加瀬くんに最後に大盛りにしたグラタンを手渡す。


「ありがと、友ちゃん」
「ん」


中腰になってたわたしは、加瀬くんの隣にすとんと腰を下ろす。
グラタンをフォークで一口分すくうと、チーズが伸びた。


「けど、どうしてペンネームが矢郷シュウなんですか?」
「なんでだろ……八月五日生まれだから?」


口をvみたいな形にするお得意の惚けた表情をして、加瀬くんは小皿を持つ。


「だから? って……。加瀬さんご自身の誕生日、なんですよね?」


加瀬くん初心者の知世は、彼のマイペースで意味不明なワールドに目を点にしている。


「いや、僕のじゃなくて。最初は本名の秋を音読みにしてシュウだけだったんだけど、担当編集の人が苗字も付けましょうってなんか、勝手に。八(や)五(ごー)に。僕そういうの頓着しないんで、理由はちょっと失念しました」
「そ、そうなんですか……」


八、と五、をわざわざ指の数で表してから、加瀬くんは待てが解除されたみたいにガツガツとグラタンを食べた。
マカロニだけ先に無くなった。
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