リリカルな恋人たち
「……のびますよ、麺」


至近距離で、唇が触れ合う。


「のびますネ」


表面だけ掠れる程度の失敗みたいなキスをして、男は目をそらすと長めの前髪を搔き上げる。
スーツのジャケットを脱ぎ、ハンガーにかけた。

三分待ってる間に、電話がきた。
スマホの画面には、一緒に参列している友人の名前が表示されている。


「もしも」
『友(ゆう)、今どこにいるの⁉︎』


友人はトイレに立ったまま一向に戻って来ず、忽然と姿を消したわたしを心配しているようだ。


『新婦の手紙、始まるよ! 一番いいとこ!』
「ごめん、ちょっと体調悪くて……」
『え⁉︎ 大丈夫なの? 今どこ?』
「大丈夫。あのさ、二次会行ったら知世(ともよ)に伝えてくれない? すごく綺麗だった、素敵な結婚式だったよ、って」
『え⁉︎ ちょ、ちょっと、もう戻って来ないつもり?』
「……ごめんね、ほんとごめん」


通話が途切れると、ちょうどお湯を洗面台の排水溝に流した男が戻ってきて、呟いた。


「かやく、入れ忘れちゃった」


クラッチバッグにいそいそとスマホを仕舞っていたわたしは、ぷっと吹き出す。


「ちょっとくらい硬くても、混ぜちゃえばわからないんじゃない? 食べれますよきっと」


椅子から立ち上がり、心底呆れて笑いながら男に体を向けると、どこかハッとした顔でこちらを見つめる相手の表情が目に入った。


「……うん」


満足げに頷き、ばっと両手を開いたかと思ったら勢いよくわたしを抱きすくめる。
驚いて軽くのけぞったんだけど、そんくらいじゃ離れられないほど密着していた。

でも、ちっとも嫌な気がしなかった。
もしかしたらわたし……性的に、この人に魅力を感じていたのかもしれない。最初から。
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