マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
青水雪華と名乗った彼女との食事は、特に可もなく不可もなく。
いつも――と言っても、そんなに女性と食事に行くこともないのだが――仕事の付き合いなどで女性と一緒に食事をすることになると、必ず根掘り葉掘りプライベートを聞かれることになる。もちろん聞かれたこと全てに答えているわけではないし、適当にはぐらかして流すことも多いが、正直最近はそんな女性からのあからさまな好意に辟易していた。
そこにきてこの食事会だ。お世話になった元上司のお節介な意図にはすぐに気が付いた。

『またか』と内心ではうんざりしている俺の予想と反して、青水雪華の態度は淡々としていた。
彼女は当たり障りのない会話は卒なくこなすが、特に俺のプライベートに踏み込んでくるような話題はしない。遠山ご夫妻のリードもあって、出身大学の話や仕事の話はしたが、彼女の方から踏み込んで何かを聞かれることはなかった。その上、どこか上の空な様子で、はっきりと『あなたに興味はありません』と顔に書いてある。

(ああ。もしかしたらこれは彼女の希望ではなかったのかもしれないな……)

知り合いのお嬢さんに強請(ねだ)られて遠山本部長が俺との見合いをセッティングしたのだと思っていたが、どうやらそうではなかったようだ。
その理由は後日遠山本部長に会った時に明かされることになったが、この時の俺は、彼女が両親を亡くして天涯孤独だとは知らなかった。

食事が済み、流れから彼女を送った帰り、俺との会話を全く覚えていなかったことが判明した。そのことを指摘すると彼女は真っ赤な顔をして謝ってくれたが、俺はそれに対して『俺も君にさほど興味はない』と口にする。
自分に興味を持たれないことを望んでいたのにも関わらず、なぜか彼女が俺に関心がないのを面白くないと心のどこかで感じてしまった。自分の中に沸いた予想外の気持ちを打ち消す為もあって、そんな台詞を口にしたのだ。

それから数週間後、新しく赴任した職場で俺は再度心の中で叫ぶことになる。

(あの、タヌキじじいめ……!)

あの見合いで会った彼女、青水雪華が部下となったのだ。

(絶対知っていて教えなかったな)

人の良さそうな笑顔とは裏腹な腹黒い策士の顔を思い出し、内心で舌打ちをする。
けれどそんなことは一ミリも表に出さずに、俺はいつもの表情で部下となった彼女に『はじめまして』と挨拶をした。
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