蝉彼岸
 病院独特の匂いがする。
 窓辺の赤い彼岸花が揺れている。
 薄く目を開くと、妻の、唯花の声が聞こえた。
「浮気相手はこないのね。」
その言葉は僕の心を抉った。
 でも、それは自分で蒔いた種なのだから仕方がないだろう。
「来るわけないんだ」
息が荒れながらも、ぽつりと答えた。
「もう、唯月のことは信じられない」
全て終わったんだ。唯花に嫌われた僕にはもう出来ることは無い。
 でも、本当のことを言ってしまいたい。
 浮気をしていたフリだなんて、そんなことを知ったら君は僕を責めるだろうか。
 悲しい思い出ではないのに視界に赤い彼岸花がちらついた。 
 嫌われるためについてきた嘘を暴いてしまう前に、もう死んでしまおう。
「忘れて、いいよ」
掠れた声でそう、呟いた。
 僕は君を知った瞬間からいままでずっと、君だけを見てきた。
 この上ないほど愛してる。
 騙していた僕を嫌って、愛してくれ。
 愛する人が死ぬよりも、嫌いになった人が死んだ方が辛くないだろう?

 唯花の黒く綺麗な髪が頬を撫でた気がした。
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