異世界にトリップしたら、黒獣王の専属菓子職人になりました
メグミはじっとコンラートを見る。揺れていた瞳の中が定まってきた。

「おまえは国王専属の和菓子職人なのだろう? 国王が命じれば国賓に対して腕を振るわねばならない。違うか? 蹲って動けないでは、困る」

手が震えた。呼吸が早くなった。ふっと横を見れば、母の名前を書いたばかりの位牌が置いてある。

コンラートが訊いた。

「それは何だ。……絵か? それとも、暖簾と同じ故郷の字なのか?」

「これには、両親の名が書いてあります。暖簾の文字はカタカナで、これは漢字と言います。ただの板だと思われるでしょうが、手元において、残された者を見守ってもらうんです」

自分の中では位牌であるそれを、メグミは口元に笑みを湛えて見つめる。

メグミと同じようにじっと見ていたコンラートは、顔を上げて彼女へと視線を移す。

――黒い髪。でも瞳には赤い光彩が走る。小豆色の眼。熱いまなざし。

不意に焼かれてしまいそうな感触を覚えて、メグミはふるっと肩を震わせた。

コンラートは、机の上の位牌を手で掴むと、名前の面をメグミに向けてテーブルの上にとんと立てた。

「二人が見ているぞ」

彼の声が、耳から入って身体の深くに落ちてくる。

メグミの唇が慄いて、目頭が熱くなった。

とうとう一人になった。教えてくれる父親もいない、支えてくれる母親もいない。家族はもう誰もいない。

それでも、いまの自分は子供ではないから、一人でも生きてゆけるだろう。

和菓子職人としてはまだ卵だが、テツジの菓子をなんとか一人でも作れるようになってきている。だから、請け負えば作るし、王城に入って国王専属の菓子職人になった以上、王が命じればその望みに適う物を模索する。

ぼろぼろと涙が零れてきた。不思議だ。サユリが息を引き取ってから少しも泣けなかったのに、仕事があると言われて泣くなんて。しかもこれは、自分にしかできない仕事だ。
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