異世界にトリップしたら、黒獣王の専属菓子職人になりました
メグミはぐっと奥歯を噛んで顔を上げる。頬は濡れていて酷い状態だったが、見る見る視点が定まりコンラートを捕らえた。

「――はい。陛下」

コンラートは、表情こそは冷たいままだったが、少しばかり目を細める。

そして次には柔らか声で彼女を包んだ。

「国を救えとは言わない。メグミ、お前の菓子で俺を助けろ」

「はい」

かすれた声で返事をする。

「……コランと呼んでくれ」

「コラン」

そこで不思議なほど動揺した様子を見せた彼は、一度目を閉じてから立ち上がり、彼女に言う。

「おまえが戻るのを、待っている」

命令するというよりは、懇願されたように感じてメグミはぱちぱちと目を瞬く。まるで一瞬、心と心がぶつかって火花を上げたような感触だった。

垣間見たと感じた彼の心はすぐに隠され、コンラートは、後ろも振り返らずにテツシバを出て行った。

メグミは彼の背中をずっと見ていた。

肩幅が広く悠々と動くあの背中は、姿こそ全く違うが、己が作る和菓子のために知らない土地を這うようにして材料を探し回り、ついには一つ一つ手に入れていったテツジの背中を思い起こさせる。

精神の支柱がすさまじく強く、目的を定めると確実にそれに向かう。

――そういう人でも助けは要る。

『俺を助けろ』

――そういう人が望んでくれる。

『待っている』

家族はいなくなってしまったが、この世界にたった一人になったわけではなかった。少なくとも、彼女にしかできない仕事があり、作った菓子を食べてくれる人がいる。メグミは手を上げて顔を覆う。目元を拭うと、ゆるりと椅子から立った。位牌を手に取り、胸に当て、囁くようにしてひとりごちる。

「どんなときにも菓子を作る。たとえそこが異世界であっても。……だよね。父さん、母さん。見ていて。あんこができたのよ。次は――羊羹、かな」

メグミは一歩を踏み出した。外へ出て戸を閉め、鍵をかう。

少し離れたところで、エディが馬車の用意をして待っていた。
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