異世界にトリップしたら、黒獣王の専属菓子職人になりました
ふと、目の前に靴先があるのを目線が捕らえる。黒い靴は磨かれていただろうに、すっかり雪まみれだ。

見上げると、コンラートが立っていた。前ボタンをすべてきっちり留めた豪華な上着とドレスシャツにズボン。上着の上に、黒い厚手のコートを、袖も通さず肩から無造作に羽織っている。

「陛下……。申し訳ありません。夜会に使う予定の小豆が……」

その先は言葉にならない。

静かにメグミを見下していた彼は、片膝を突いて身を屈め彼女と目線を合わせる。

「土に撒かれた物を、客に出せるわけがない。それは諦めろ。上手くいけば来年発芽するかもしれん。放置でいい」

きっと芽は出ない。雪が降る中では水気が多すぎる。

「すみません」

雪の上に両膝を突いて力なく腰を落としたメグミは、両手を握りあわせて胸に寄せ、頭を垂れた。頭の上の雪で黒髪がずいぶん濡れた上に、白くなっている。頭上に積もり始めていたからだ。

「お前が撒いたわけじゃない。そうだろう? 謝る必要はない」

「ですが、私がもっと気を付けて管理すべきでした。目を放したのがいけなかったんです」

コンラートは、手でメグミの頭の上の雪を払い、肩の雪も払い、『メグミ』と彼女の名を呼んだ。

耳から聞こえて腹の底へ落ちてくるこの声は、彼女の生きる道の上に立って導く者の声だった。身体ごと、精神ごと、すべてを癒して攫ってゆく声。
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