異世界にトリップしたら、黒獣王の専属菓子職人になりました
やがて、夏が来て暑いと口にいている日々も過ぎて、『朝晩はすずしくなってきたかな』と感じ始めたころ。

みたらしのタレを調合して足している最中の父親に、恵は自分で考案した生菓子を作りたいと作業場を空けてもらった。

材料を取りに、隣の食品庫に入ろうと戸口に手を掛けて開く。中には大型の冷蔵庫と、何段もの棚の上に何種類もの粉が貯蔵されている。最近仕入れたばかりの小豆も大量に置いてあった。

さゆりは客足が途切れたので、ショーケースのガラスを拭いている。

そのとき。不意に、店全体がふわふわと横揺れした。哲二が顔を上げる。恵も動きを止めた。

「えっ?」

恵は食品庫への扉を支える柱をぐっと握って身体を支える。

――地震?

静かな揺れは瞬きを三回するほどだったと思う。小さな動きだったのでほっとする。だんごや五平餅を焼くための四角く囲ったコンロのガスは安全装置が作動して止まっている。

――なんだか滑るような動きだった……? ヘンな感じ。
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