家族の紐帯
「たまには」遅くなったっていいだろう。そんなに俺ばかり責め立てることないじゃないか。)我慢できずに勢いよく母の部屋に踏み込む。
「お母さんだって夜遅くまで起きてることあるじゃないか!」声を荒げる。
「なんでそんなに大きい声出さねばまいねんだっきゃ。」母が非難する。その脅迫的な声、その不機嫌な表情、その不遜な態度が私をとことん不快にする。母のようにうまく言葉が回らない私はついに武力に訴えようとする。母に向かって左手を一気に振り下ろそうとしたその時、
「ぶつんだか。どうしてすぐ殴ろうとするんだっきゃ。」私の手を押さえ母は言葉で対抗する。(ここで打ってしまってはまた私に対する偏見を植え付けてしまう。)私の行動を全く理解できないといった母の表情を見た私は、すんでのところで怒りを収めた。(怒りを静めろ。悪いのは俺だ。何を取り乱すことがある。)このような失敗は、前回にもあった・・・。
我が家には男が私しかいない。屁理屈ばかり言ってこちらの言うことを聞こうとしない母を最終的に止めるのは男の力しかないと考えているのは祖母だ。また、祖母が言うのと実の子である私が言うのとでは母の反応も違うだろうと。確かに私が言って聞かせたほうが少しはまじめに聞くこともあるようだが、それで事が済むならこう苦しむことはない。言っても聞かないやつには最終的にはどうするか、体に覚えさせるしかない。
「今度おばあちゃんや私を困らせるようなことをしたらただじゃおかないぞ。」
といった脅しをかけることによって母に自重をうながすことができると祖母は考えているのである。私としても、もっと母に対して強圧的になる必要があると感じていたし、本気で怒っていることを示すためにはどうしても鉄拳制裁が必要だとも考えるようになっていった。そこで思い切って頭をペットボトルで叩いてみたり、腰を何度も強く蹴り上げたり馬乗りになって顔や肩など滅茶苦茶に殴打したりしてみた。腰を痛めつけたときは幾分か効いたらしい。整形外科にかかり、一週間はほぼ寝たきりの状態だった。片足を引きずりながら苦渋の表情で歩く母の姿を見て、良心が痛むこともあった。だが祖母が受けた痛みに比べればまだまだ軽いほうで一週間程度で治るくらいならまったく不十分である。祖母の痛みは二年半近く経った今でも完治していないのだから。
「お母さんだって夜遅くまで起きてることあるじゃないか!」声を荒げる。
「なんでそんなに大きい声出さねばまいねんだっきゃ。」母が非難する。その脅迫的な声、その不機嫌な表情、その不遜な態度が私をとことん不快にする。母のようにうまく言葉が回らない私はついに武力に訴えようとする。母に向かって左手を一気に振り下ろそうとしたその時、
「ぶつんだか。どうしてすぐ殴ろうとするんだっきゃ。」私の手を押さえ母は言葉で対抗する。(ここで打ってしまってはまた私に対する偏見を植え付けてしまう。)私の行動を全く理解できないといった母の表情を見た私は、すんでのところで怒りを収めた。(怒りを静めろ。悪いのは俺だ。何を取り乱すことがある。)このような失敗は、前回にもあった・・・。
我が家には男が私しかいない。屁理屈ばかり言ってこちらの言うことを聞こうとしない母を最終的に止めるのは男の力しかないと考えているのは祖母だ。また、祖母が言うのと実の子である私が言うのとでは母の反応も違うだろうと。確かに私が言って聞かせたほうが少しはまじめに聞くこともあるようだが、それで事が済むならこう苦しむことはない。言っても聞かないやつには最終的にはどうするか、体に覚えさせるしかない。
「今度おばあちゃんや私を困らせるようなことをしたらただじゃおかないぞ。」
といった脅しをかけることによって母に自重をうながすことができると祖母は考えているのである。私としても、もっと母に対して強圧的になる必要があると感じていたし、本気で怒っていることを示すためにはどうしても鉄拳制裁が必要だとも考えるようになっていった。そこで思い切って頭をペットボトルで叩いてみたり、腰を何度も強く蹴り上げたり馬乗りになって顔や肩など滅茶苦茶に殴打したりしてみた。腰を痛めつけたときは幾分か効いたらしい。整形外科にかかり、一週間はほぼ寝たきりの状態だった。片足を引きずりながら苦渋の表情で歩く母の姿を見て、良心が痛むこともあった。だが祖母が受けた痛みに比べればまだまだ軽いほうで一週間程度で治るくらいならまったく不十分である。祖母の痛みは二年半近く経った今でも完治していないのだから。