お前は、俺のもの。
イルカショーの始まる十分前。私たちは会場の隅に席を見つけ座る。まだ言い慣れない彼の名前にモジモジしながら、お礼を言う。
「俺があそこにいるのが分かっていたなら、メールなんか送らずに呼べばよかったのに。一緒にいれば階段を踏み外すことなかったのに」
「だって若い女の子たちに囲まれていたから近づけなくて。それに、まさか…」
と、自分が落ちそうになる直前を思い出す。
確かに誰かがショルダーバッグのベルトを引っ張る感覚があった。体が後ろへ浮いて目を閉じる瞬間、視界の端に誰かを捉えた気がした。
後ろ姿の、誰か。
「凪?」
鬼課長に顔を覗き込まれて、ハッと彼の顔を見た。
やっぱり、言っておいたほうがいいのだろうか。それとも心配かけない方が。
『お待たせしました。間もなくイルカショーを開演します』
園内放送の声に、彼の意識はイルカショーに向いてしまった。そしてイルカたちの迫力あるパフォーマンスに、私の不安も払拭されていた。
イルカショーの後に、別のエリアでアザラシのイベントがある。
「行ってみよう」
と、手を握られる。
会場へ行くには階段を上るらしい。さっきの事を思い出し、私は階段の前で後ろを振り返る。
繋がれた彼の手をギュッと握る。