お前は、俺のもの。

息子は怪訝な顔をする。
「なんだよ、それ。今までそんなこと聞いたことないけど。たった今考えた作り話だろ?」

母の視線が、息子・梛へ向けられる。
「だって、言ってないもの。それに小学生のあなたに言っても、きっと理解できないと思ったのよ。実際の出来事だけど、きっと覚えているのは…私だけね」
と、眉を八の字にして寂しそうに笑う。

多分、本当なんだろう。

息子は小さく息を吐くと、
「じゃあ、そのもう一つの由来を聞かせてくれよ。少なくとも、俺には聞く権利はあると思うが」
と母を見据えた。


「「なぎ」と言う名前はね、あなたを産んだ病院で会った、女の子からもらったものなのよ」


「…は?」
息子の眉間にシワが寄る。
母も眉間にシワを寄せて、もう一度言った。

「だから「なぎ」という名前は、女の子からもらった名前なの!」

母は再び赤い空を見上げた。
「お腹を痛めて産んだ三人目の赤ちゃんは、男の子だった。お父さんは私に「いい名前をつけてくれ」と言われて、とっても嬉しくてね。病院から退院するまでの間、あなたの顔を見ながらステキな名前を考えていたの。でも、ピンッとくる名前が浮かばなくて…」

当時のことを思い浮かべているのか、懐かしそうに言葉を並べていく。

「あなたも私も無事に退院する日になった。お父さんが車を取りに行っている間、私はあなたを抱いて待合室の隅でソファに座って待っていたの。あなたの名前も決まらず困っていたときだったわ。あの子があなたを見に来たの」

──あかちゃん?

「大きくて綺麗な瞳の、丸い顔の可愛らしい女の子が、ソファに上ってあなたを覗き込んだのよ。女の子は人差し指であなたの手に触れると、あなたは小さな手であの子の指を握ったのよ。ニコニコした顔が印象的で明るい子だったの。私、名前を聞いたんだけど…ふふっ」

思い出し笑いをする母。

「…で、その女の子の名前が「なぎ」だった、と?なんだよ、それ。俺は女の名前をつけられたのかよ」
「中性的と言って!あの頃はまだ二歳か三歳くらいだったから、お元気なら可愛らしい女性に成長しているわ。梛に名前をくれたお礼ができるなら、すぐにでも会いに行くのに!」

グラスのジュースを飲み干す息子。
「俺は別に感謝してないし」
「よく言うわよ。生後五日で女の手を握りしめてたくせに」
「生後五日で下心あるほうが怖いだろ。そんなのカウントするな」
「女は生まれた時から「女」なのよ。あなたが相手をする下品な彼女たちより、「なぎちゃん」のほうがよっぽど魅力的よ」
「顔もわからねぇ女を褒める根拠がわからねぇ…」
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