お前は、俺のもの。

母はソファの上で泣き崩れた体勢から、スッと背筋を伸ばして姿勢を正して座り直す。
そして、グラスを持つ梛に向かい、
「ちょっと、そこに座りなさいな」
と、向かいのソファへ目配せした。

「ちょっと、そこに座りなさいな」
こう言い出したからには、母は相手を必ずそこに座らせようとする。それを無視すれば食事が二週間、出てこなかった前歴がある。家族は彼女を怒らせると後が怖いことを知っているので、抵抗はしないように努力する。
しかし、彼女はワガママでもなければ傲慢でもない。きちんと教養があり常識を兼ね備えた女性だ。

梛は、仕方なく母の向かいに座った。
母は息子をじっと見つめ、小さな赤い唇を開く。

「小学生の頃、私に聞いたことがあったわね。「宿題で自分の名前の由来について調べてくるように言われた」って。覚えてる?」

確か、そんなこともあったかな。
息子は興味なさそうに頷く。
「梛。この名前は梛の葉のように裏表のない人間になるように、梛は御神木にも使われることから、神の御加護がありますように、という意味があることを。でもね…」

母は、大きな窓から見える赤く染まる夕焼け雲を眺めた。

「もう一つ、大切な由来があるのよ」

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