Sync.〜会社の同期に愛されすぎています〜
本日もお客様との打ち合わせが立て続けにある。恋に浮かれてる間などないほどに仕事は忙しい。
1組目を終えると見たことのある男性が営業スタッフと話をしている。
その男性も私を見るなり気まずそうな顔をした。
すぐに隣の奥様と思われる女性も私を見たので、変な関係だと思われてはいけないと挨拶をする。
その後も、私に視線を向けているのがわかる。
変な関係ではないのだが、関係がないとは言い切れない。
その男性は、大学時代に付き合って、中途半端な終わり方をしてしまった文樹くんだったのだ。
大学時代に何人かと付き合いはしたけれど、一番印象に残り忘れられない。
あの頃よりも、大人になって相変わらずのメガネと当たり障りのない服。
教師になる夢は叶えられたのかな?
奥様は、綺麗な方でお腹をさする動作にお腹の中に赤ちゃんがいることを察した。
結婚して、家族を持って家を建てようとしているなんて私とは違う人生の歩み方。
なんかそれってムカつく。
自分だけ幸せになっちゃって・・・
あんたのせいで今日までろくな恋愛ができなかったんだから。
何事もなかったかのように振舞ってくれれば、「まだあの頃は若かったから」で済むのに私を見たときに申し訳なさそうな顔をするものだから「後ろめたい気持ち」をずっと持っていたということを察してしまい、いつものオフィスなのにとても居心地が悪い。
息ができない。
「あいつ元彼だよね」
私の耳元でボソッと瀬戸口が問いかけた。
今のやり取りだけでわかるだなんて、まるで心の隅々まで見透かされているみたいで恥ずかしい。
それとも、私の立ち振る舞いがあまりにも不自然だったのだろうか…
「翠とあいつが一緒にバイト先に来たことあったから超、覚えてる。あれが噂の童貞くん?でも、よかったね翠とはできなかったくせにちゃんと結婚して子供もできて」
嫌味を言う瀬戸口のお腹を肘でついた。
「いって~~な」と怒りながらも私の怒った顔を見ながら満更でもない様子をしているので、余計に腹がたつ。
どんな反応をしようが喜んでいるのが本当にムカつく。
別に今、文樹くんのことなんてどうとでも思っていないのに、バカにされるのはなんか嫌だったのだ。
それは、きっと過去に「好き」という感情があっただと思う。
お昼休憩に入りお弁当を開けようとすると、受付スタッフが私を呼びに来た。
慌ててお弁当箱をバッグにしまいスタッフの元へと向かうと目の前には文樹くんがいた。
オフィス内で話をしたら怪しまれるため私は応接に通す。
額に流れる汗をタオルで拭っており、少し息が上がっているためわざわざ走っていたのだろう。
奥様を置いて来るとはとてもリスキーなことをするぐらい私に伝えたいことがあるのだろう。
彼は、2人きりになるなり、すぐに頭を下げて私に謝罪した。
謝らなければならないのはむしろ私の方だ。
もっとあの場に慣れていればきっとその日はお互いに先に進めたのだから。私が「痛い」だなんて言わなければ、少し我慢すればよかったのだ。
もう、気にしていないことを伝えると、彼の表情が明るくなった。
今日に至るまで、私とのことを脳裏で消せないまま過ごしていたとするならば、さらに申し訳ない。
瀬戸口は、100パーセント男側が悪いというと思う。でも、文樹くんとの関係はセックスがゴールとかではなくて、単純に一緒にいて、話をするのが楽しいだけの中学生みたいな恋だったんだと思う。
あの日を思えば自分が大人になったのだとしんみりとしてしまった。
しばらくして怒り心頭の奥様が現れ修羅場状態に発展。
だから言わんこっちゃない。
そうせ文樹くんのことだから、下手くそな嘘をついてここにきてくれたのだろう。
もう、あの日のことはお互いに忘れて新しい未来に向かっていかないと。
でもね、やっぱりよくよく考えると私にも非があるかもしれないけれどやっぱりアノ時っていうのは男の子がリードするべきで、あの後も何も言わないなんておかしいと思うの。
そのせいで私はろくに男の子と付き合えなかったわけで、なんなら杉原さんに「嘘つき女」扱いされたわけで、相当な被害を受けているの。
だから、少しだけ仕返しさせてね。
そうしないと、また同じことを繰り返す気がした。
文樹くんはもう私に好意なんてないはずなのに、奥様は文樹くんが私へ好意があると思うかもしれない。
それが不倫だと解釈して、私の仕事へ影響が出るかもしれない。
そんなのは冗談じゃない。私が今好きなのは・・・・ってまだそれは考えがまとまっていなくて、とにかくもう前みたいなことは繰り返さない。
私は、奥様と二人きりになりあの日のことを包み隠さずお話した。
初めは警戒していた奥様がその話に乗ってくれて気がついたら、文樹くんの悪口大会。
ここは好きだけれど、ここは嫌い。
こういうところあるよねなんて。
イライラしていた奥様も、次第に笑顔になっていった。
過去に文樹くんを好きだった私と今文樹くんを愛している奥様とでこんな会話ができるなんて奇妙だけれど少し楽しかったりする。
かつての親友にも、あの子のことは「好きじゃない」とはっきり言えたら今でも親友として入られたかな。
今おかれている状況をどんな風に相談に乗ってくれるだろうか。
自分のことを包み隠さずに友達に言えたら、人に合わせず自分のペースで生きてこれたらもっと人付き合いの上手な自分だったかもしれない。
でも、あの日で止まったままだから瀬戸口は私を好きなままでいてくれたのかもしれない。
何が良くて何が悪かったかはわからない。それでも、私にとってはこれが大きな一歩だった。
そして、文樹くんと奥様のこれからの幸せを描いていくお家は瀬戸口と私がメインで担当することになった。