幼な妻だって一生懸命なんです!
お試し期間で私たちに恋愛感情が生まれなければ、元の関係に戻る。
いや、元には戻れるかはわからないけれど、終わりが決まっていれば決着はつけられる。
長瀬さんは顎に指をはわせ、しばらく考えていた。
「結婚前提でのお試し期間だな」
「この期間でやっぱり違うと感じたら、他を当たってください」
「俺はあんたと結婚する」
「だーかーらー、なんでそんな断言するんですか」
昨日までの長瀬さんの印象が崩れていくのに、私の中ではこんなやり取りが楽しくなって来た。
「それは…、そう思うから」
仕事と違って根拠のない言葉を使っている。
仕事だったら絶対に詰め寄られ、理由を明確にしろという立場の人なのに。
ここで押し問答をしても仕方ない。
「わかりました。その期間中に結婚するか、しないか決めましょう」
「…わかった。でも、俺はあんたと結婚するから」
これ以上、何を言っても同じ言葉を繰り返すのだろうかと考えていると、不安そうにこちらを見ていた。
目が合うと少し目を細めて小さく笑う。
美男子って何をしても得だなと思う瞬間。
「じゃ、そういうことで。おっと、連絡先、教えて」
長瀬さんがスマホを見せながら、片方の手で私のスマホを寄越せとばかりに手を差し出した。
ここまで来たら、連絡先の交換は自然の成り行きで、私はスマホを店内用の透明バッグから取り出す。
「ほれ、貸して」
私のスマホを渡すとダイアルキーをプッシュする。
長瀬さんの携帯がブルブルと震えた。
画面を見て「ヨシ!」満足そうに笑ってスッと立ち上がった。
「じゃ、これからよろしくな、美波」
ヒラヒラと手を振って百貨店の方へと足を向ける。
「み、なみ?」
いきなりの呼び捨てに戸惑っていると振り向いた彼は
「だって俺ら、恋人同士だろ、今から」
悪びれたふうでもなく言ってのける。
あ、そうだ、大事なことを言わなくっちゃ。
「あ、これ、公にしないでください」
「なんで?もちろん、公認の仲でいくから」
「それは、えー、困ります」
「困ることないだろ」
「結婚しなかった時、どうするんですか」
「するから大丈夫だろ。それより、休憩時間、大丈夫なのか?」
「えっ、あ、やばい」
時計を見ると、休憩時間が終わる10分前だ。
話が終わらないうちに歩き出している長瀬さんの後を追うように、私も百貨店へと戻った。
職場に戻ると菜々子さんが全て承知しているような顔で私を迎える。
公園に行っているのを教えたのは、きっと奈々子さんだ。
「奈々子さん、行き先バラしましたね」
「やっぱり行った?接客中に電話して来て美波ちゃんの行き先を教えろってうるさいから。で、どうなったの?」
「お試し期間に突入しました」
「へー、ふーん、そうかー」
菜々子さんは何かを考えるように、そう返事をした。