幼な妻だって一生懸命なんです!
結婚します

長瀬さんと初めてデートした日から三週間が経った。
その間も彼は多忙の中、帰りの時間を合わせて家まで送ってくれたり、食事に連れて行ってくれた。

彼と会うときは職場の最寄り駅で待ち合わせをする事が当たり前になっていた。
私の方が先に来ていて、長瀬さんを待つ。
いつも同じ方向から悠然と向かってくる姿を見つけると、私の心は跳ね上がった。
ゆっくりと彼が私の横に並ぶと、周りにいた女性たちの視線を集めているのがわかる。

「待たせたな」

彼が話しかけた相手を値踏みするように、女性たちの視線は私に移る。
少しの優越感と、その倍以上の劣等感。

この子が相手?
不釣り合いだと言われているように感じる、
何度もこうした状況になると、長瀬さんの容姿は私が思っている以上に目立つんだなと再確認させられた。

「今日は何が食いたい?」

そんな私の気持ちを知ってかしらずか、愛おしそうに見下ろし、この言葉を合図に私たちは肩を並べて歩き出した。

何を食べたい?と聞かれても優柔不断な私はいつもすぐに決められず、悩んでいるうちに長瀬さんは迷わずに足を進めた。

仕事中は眼光が鋭く、目力が強いその瞳は、私に話しかけるときは目尻が下がってふんわりと柔らかくなる。
その切り替わる瞬間を見ると胸が熱くなる。

歩きながら背中に手を添えられ、そこから彼の体温を感じる。
付き合い始めてから三週間。
こうした友人でもするようなスキンシップは最初からあった。
しかし、それ以上にはなることがない。
キスすら、まだしていないのだ。

自分の中に芽生え始めた恋愛対象としての彼の存在。
それを認めた時には、長瀬さんに触れたい、触れて欲しいと思うのは自然なのではないのだろうか。なのに長瀬さんは、したくならないのかな、キス。


「美波?」

「はい?!」

邪なことを考えていることをばれているわけではないのに、挙動が不審になる。

「上の空だな、今の気分は魚と肉、どっちだ?」

店が決められない私に、リクエストを聞いてくれていたみたいだ。

「あ、えっと…」

長瀬さんの眉間にシワが寄る。

「なに考えてる?」

不機嫌そうに顔を覗き込むのは怒っているからではない。
一緒にいる時間が増えていくと、彼の癖がわかるようになった。
心配になったり、不安な気持ちになると彼は不機嫌な顔をよくするのだ。

どうしてキスしてくれないのかと考えていたなんて言えるわけもない。
慌てていつものように「魚が食べたいです」と答えた。
本当は魚でも肉でもどちらでも良い。
長瀬さんと一緒に食事をすることが、とても楽しみなのだから。

「肉も食べないと大きくなれないぞ」

笑いながら私の頭をポンポンと軽く触れた手の感触が嬉しい。
そんな些細なことで気持ちが舞い上がるのだ。

もっと私を求めてほしい。
こんな欲望が自分を支配することなんて今までの恋愛ではなかった。
それほど、長瀬さん求めている自分がいた。
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