夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
 これまで秘書がいなくても回っていたのに雇うことを決めたのは副社長の進さんだった。
 放っておけば仕事しかしない春臣さんを心配し、休憩を取らせるつもりで勝手に進めた話らしい。
 そうしたくなる気持ちはこうして側で見ていてよく分かる。

(ひとつの仕事の息抜きに別の仕事をして、昼ご飯の間もずっとパソコンの画面を見てて……。よく今まで身体を壊さずにやってこられたな……)

 こちらを見もしない春臣さんに一応頭を下げてから部屋を出る。
 先に総務へ資料を届けに行き、それから再び最上階へ戻ってきた。
 社長室のすぐ隣にある部屋が副社長である進海理さんの仕事部屋である。
 階下の社員たちは――女性社員たちは隙あらば副社長室に行きたがっているらしいと小耳に挟んでいた。
 ノックをして、声をかける。

「進さん、いらっしゃいますか」
「あ、はい」

 椅子を動かす音がして、すぐに進さんが扉を開けてくれる。

「おはよう、奈子さん」

 どき、と一瞬胸の内が震える。

「……おはようございます」
「まだ下の名前で呼ばれるのは抵抗あります?」

 顔に出したつもりはなかったけれど、どうやら気付かれたらしかった。

「すみません、少しだけ」
「いや、俺のわがままみたいなものですし。むしろ気遣わせてすみませんね」

 室内に招き入れられ、部屋の中央にあるソファへ座るよう促される。

「倉内さんって呼ぶのはどうも妙な気がしてしまって。春臣と付き合いが長いせいなんですが」
「幼馴染なんでしたっけ」
「そうですね。あいつがあんな感じだから、いつも俺がフォローに回されて大変でしたよ」
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