夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
「こういうのは順番があると思います。そんな、いきなり何回もとか……よくないです」
「告白してプロポーズして結婚もしてる。他に何が必要なんだ」
「それは、その……」
「悪いのはお前だからな。さっさと寝るのが悪い」

(寝たんじゃなくて気絶したんだと思いますけど)

 実際どうだったかはともかく、途中から記憶がないのは確かである。
 頑張れば思い出せるかもしれないけれど、そうすれば必然的に昨夜のあのひと時を思い出してしまう。

(あ……あんなことまでされるなんて思ってなかった……)

 全身が熱くなるのを感じながら、ごまかすようにコーヒーを飲む。
 もう、私の身体に春臣さんの触れていない場所はない。

「奈子」

 どこからそんな声が出るのかと思うくらい優しい声で呼ばれる。
 まだ半分しか飲んでいなかったコーヒーを取り上げられた。
 代わりにぎゅうっと抱き締められる。

「前から思っていたんだが、お前の匂いは好きだな」
「……!」
「この手も好きだ。柔らかくて小さくて」

 大きな手が私の手を包み込んで、指でもてあそぶ。

「昨日もかわいかった」
「ひ」
「一晩じゃ足りない」
「ひぃ」
「……さっきから何なんだ」

 首を横に振るのが精いっぱいだった。

「そのぐらいにしてください……」

 春臣さんから手を取り返し、顔を覆う。

「恥ずかしくて死んじゃいます……」

 このまま囁かれ続ければ間違いなく本当に心臓が止まる。
 両想いが成就してから、まさかこんな速度で展開が進むと思っていなかった。
 偽物の夫婦生活を送っていた時のように、ゆっくり時間が過ぎていくのだと信じていたのに――。
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