擬似結婚ー極上御曹司の一途な求愛ー
なんとなく掃除会社に勤める女性は年配のイメージがあるし、こんなふうに手を大切にしている人が働いているのは、亜里沙には不思議に思えた。
なにか事情があって掃除婦をしているのかな。独特な思考の持ち主だから、面接で落とされ続けている、とか。
自身の就職活動をでの苦労を思い出してしまい、深く詮索してはいけないけれど、つい興味を持って彼女を見てしまう。
「こちらは経理業務ですのね……あなたは仕事がお出来になるのかしら?」
「……は?」
──どうしてそんなことを質問してくるの?
きょとんとした表情を向けると、亜里沙を見下ろしている彼女の目には挑戦的な色が宿っているように見えた。
マスクと前髪の間にある瞳が、ゆらりと揺れる炎が見えるかのごとく光っている。
目だけしか見えないことも相まって、先日の夜に彼と一緒に観たホラー映画のモンスターを思い出してしまい、亜里沙の背中がゾクゾクッと震えた。
さっきまで夢見る乙女っぽかったのに、急にどうして?
それにこの感覚には覚えがある。そう、最近よく感じていた、あのゾクッとする気配に似ているような……。
けれどもそう感じたのはほんの数秒のことで……瞬きをした僅かな間に恐ろしい雰囲気は消えていた。
今は燃えるような目の光もなく普通の掃除婦然としている。
それでも妙な感覚はずっとあって、亜里沙の胸の中に焦りにも似た恐怖を残していた。