擬似結婚ー極上御曹司の一途な求愛ー
──ひょっとしてこの人に恨まれてるの? でもそんな、初対面なのに、ありえないよね?
混乱する気持ちを落ち着かせるように、息を深く吸って吐き、意を決して口を開いた。
「あの、あなたは……」
「ああ、ごめんなさい。なんでもありませんの。お気になさらないで。もう拭き終わりましたから、どうぞ、あなたのお仕事をお続けになってくださいな」
問いかけようとした亜里沙の声に被せ、一気に早口で言った掃除婦は睨むようにしてこちらを見ている。
マスクに隠れた顔からは目だけの情報しか得られないために、身に覚えのない責めを受けているような……叱られているような気分になる。
迫力にたじろいだ亜里沙は、質問を口にするのを止めてしまった。
「はい……どうも、ありがとうございます」
「ええ、構いませんわ。これが私のお仕事でございますから。あなたはあなたの仕事をしっかりと、お間違えのないよう、せいぜい頑張るとよろしいわ」
つんとしたそぶりで姿勢を正し、バケツを持って他のデスクに向かっていく。少しよたよたしていて、不慣れなことをしているのがはっきり見て取れる。
──気のせいかな? だって、そんな筈ないよね。
亜里沙が恨まれることがあるとするならば、心当たりはひとつだけ。
「まさか、ね……」
亜里沙だけでなく誰に対してもあの態度を取るのなら、気にすることはないのだけれど……。