擬似結婚ー極上御曹司の一途な求愛ー
今は高橋のデスクを拭いているところだ。
高橋が言葉をかけ、掃除婦も彼の方を向いて拭く手を止めていることから、会話をしているのがうかがえる。
しばらく彼女の仕事ぶりをこっそり観察した結果、ほかの社員のところでは別段変わった様子はなく、睨まれたのは亜里沙だけのように思える。
せっせとほかのデスクをふく彼女を見ながら、言い知れぬ不安を感じたのだった。
亜里沙は掃除婦のことを彼に話すのをためらっていた。
『俺にはなんでも話してほしい』
頼まれごとの一件のときにそう言われたけれど、睨まれただけで今のところは実害がないし、これから先擬似結婚を解消して本当の妻となるには、些細な出来事なら自分で解決することも大切だと思うのだ。
もちろん夫婦にとっては小さな出来事も共有するのは大事だけれども、なんでもかんでも彼に甘えてしまうのは気が引ける。
社長はただでさえ忙しい職業なのに、彼の場合は四つ葉食品との掛け持ちなのだから、余計に多忙を極めているはずなのだ。
現に彼の帰宅時間は遅くなる一方で、昨夜は十時を過ぎていた。
そんな彼に仮説や可能性など不確かな状況で、しかも会社経営とは関係のないことを話すのは憚られる。
四つ葉グループの御曹司であり、YOTUBAの社長。将来はグループを纏めるポストに着くのだろう。