擬似結婚ー極上御曹司の一途な求愛ー

「いいえ~、あの子は新人なんです。誰でも初めは水回り担当なんですよ~。昨日はたまたま私が休みで~……」

 亜里沙に対応したときとは違い、おばちゃんは楽しそうにぺらぺらと話している。高橋もそこそこのイケメンだから、おばちゃんの気分が華やぐのだろう。饒舌になってしまうのは仕方がない。

 耳をそばだてて訊いた結果、新人の掃除婦は勤め始めて一週間で先輩からの指導が終わったばかり。昨日は独り立ちした初日だということだった。

 高橋は例の掃除婦のことが気になっているようで、いろいろ根掘り葉掘り訊いてくれたのはグッジョブだと褒めたい。

 そういえば昨日の高橋はデレ顔で会話をしていたなと思い出しながら、おばちゃんに彼女の名前を聞き忘れたことを心底悔やんだ。

 ──今更、おばちゃんに尋ねに行くのも、変だよね。

 社長室の清掃は誰が行っているのだろう。香坂社長が来るまでは誰も使用していなかったため、滅多に掃除に入ることはなかったし、行う時は副社長の秘書が担当していたはずだ。

 今は掃除会社のスタッフがしているのだろうか。重役室の清掃は外部には頼まないような気がするのだけれど……?

 〝社長室の〟がどうにも気にかかって焦燥感に苛まれ、亜里沙は席を立った。

 水回り──すなわちお手洗いを目指して速足で歩く。
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