擬似結婚ー極上御曹司の一途な求愛ー
それも経理部の人だけでない。普段は片付けなどしない他部署の中堅社員たちも、右往左往してデスクの上に散らばった書類やファイルを懸命にキャビネットに押し込んでいる。
「どうして急にこちらに来られるんですか~! 事前に連絡してくれないと~!」
困惑した声を出しているのは亜里沙の上司である経理課長だ。
中年太りの域に入った丸い体つきの彼は、他部署らしき人と内線でやり取りをしながら額に浮かぶ汗を拭いている。
まるで嵐に備えるかのような慌ただしさに首を傾げつつ、男性社員の中では唯一席に座って落ち着いている二歳年上の高橋に尋ねた。
「高橋さん、いったいなにがあったんですか?」
「あったんじゃなくて、これから起こるんだよ」
高橋は「いつも片づけておかないから、いざというとき慌てるんだ」などと言って、呆れた様子で焦る社員たちを見ている。
そう言う彼のデスクは、亜里沙がお手本とするほどにいつもきれいに片付いている。
彼は一日の終わりに必ず整理整頓してから帰宅するのだ。その徹底ぶりは、パソコンモニターにもチリひとつ付着していないほどである。
「さすが高橋さんですね。で、今からなにが起こるんですか?」
「うん、社長が来られるらしいんだ」
あまりにもあっさり言うから、一瞬耳を疑う。けれど──。
「それ、ほんとですか!? 社長って、私、まだ一度もお会いしたことないですよ?」