擬似結婚ー極上御曹司の一途な求愛ー
「俺もだよ。急に来られるって言われて参るよね」
亜里沙の勤めるIT企業『YOTUBA』は社員五十名あまりの小さな会社である。
以前はグループに属さない独立経営だったのだが、前社長時代に経営が傾いてしまったため、顧客だった四つ葉グループが買い取ったと聞いている。
社長は四つ葉グループのひとつ『四つ葉食品』と兼任しており、滅多にこちらに来ることはない。
言わば名だけ借りているような状態。それゆえに実質副社長が経営を担っており、亜里沙は入社以来一度も見たことがない。
知っているのは香坂という苗字くらいで、フルネームを問われたら正確に言えるかどうかも怪しい。
それほどに普段は名前も役職名も社内で出ることなく、遠い遥か彼方の存在なのだ。
「なにをしに来るんでしょうね?」
「さあ、業務改革かもな? 現社長になって二年経って、経営難だった四つ葉食品が持ち直してきたから、こっちにも手を付ける気になったんじゃないか」
二年前に社長が交代したことは亜里沙も知っている。
けれど、親会社の社長の息子という情報だけで、どんなお方なのか末端の亜里沙の耳には入ってこない。
「二年で持ち直したんですか……すごいですね」
「やり手だけど冷徹で恐ろしいお方だって噂だから、みんな少しでもいいところを見せようと思って焦ってるんだよ。それに、月曜じゃなく金曜に来られたってのも、不安要素のひとつだな」