擬似結婚ー極上御曹司の一途な求愛ー
彼が差し出してくれるカップを受け取り、その柔らかい笑みを見つつカップから立ちのぼる香りを吸い込んだ。湯気とともに鼻孔を通る芳醇な香りが体に染み渡る。
「う~ん、いい香り」
「今日は一番おススメの豆にしたんだ。今度はブレンドも作るよ。楽しみにしてて」
楽しそうに言う彼はとても無邪気で、年齢よりも若いと感じる。腕を振るえる相手が出来たのがうれしいみたいだ。
──今は、ぜんぜん冷たく見えない。むしろかわいい。けど、そのうち私にも厳しくなるのかな……。
料理がまずいとか、清掃が完璧でないとか。もしかしなくても、気の張る毎日になる予感がする。
──大丈夫かな、私。
アクティビティな昨日とは違って比較的落ち着いている今日は、いままで漠然としていた考えが現実味を帯びて浮かんでは消えていく。
それがすべてネガティブな方向で、胸に重くのしかかって来るから困る。
不安に思うのは彼のことが好きだから、嫌われたくない気持ちが強いからだ。
ふと気づけば、彼が不安そうに亜里沙を見ていた。
「どうかした? 体の具合が悪い?」
カップを持ったまま考え込んでいたのが気になったようだ。亜里沙の横にきて、気遣うような視線を送ってくる。
まだ本格的に始まっていないふたりの生活。今の時点で胸に抱いている思いを言ってもいいのか迷う。
努力もしないうちから否定するのはいけないと、叱られそうで。