いきなり婚─目覚めたら人の妻?!─
もしかして私、妙な錯覚を起こしてしまっているのかな?

安藤部長とのキスが、今まで経験してきたキスよりもずっとロマンチックなシチュエーションだったから?

こんなことでは先が思いやられる。

安藤部長がいくらイケメンでも、簡単にほだされてはいけない。

自分のペースを乱さないように気を付けなくては。

そんな風に自分を戒めながら箸を握りしめ、豪快に海鮮丼を掻き込んだ。


食事を終えたあと、家路に向かう車中でも他愛ない話をした。

安藤部長は昔実家で飼っていた犬のことや、中学高校の6年間バスケ部だったことなどを話してくれた。

高速道路をおりて少し走ったところで信号待ちをしているときに、安藤部長が『今夜はうちに泊まらないか』といつもより少し低い声で言った。

もちろん私は泊まりの用意なんか持って来てはいないし、心の準備だってできていないから、それは引っ越しの準備を口実に丁重にお断りして、明日の夕飯を一緒に食べる約束をした。

アパートの目の前まで送り届けてもらい、お礼を言って車を降りようとすると、安藤部長は私を抱き寄せ頬に軽く口付けて、『おやすみ、真央。また明日な』と言った。

耳元で囁かれたその声があまりにも優しかったので、体の芯がしびれるような、胸の奥をギュッと鷲掴みにされたような不思議な感覚を覚えた。

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